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ちょんびにゅるにゅる
昨日、突然ピコリンが谷川俊太郎さんの詩集を本棚から出してきて読んでいた。

実はこの男は、幼稚園生の頃から谷川俊太郎さんの詩が好きで、何冊か詩集を買っている。幼稚園の年長の頃だったと思うが、当時、ジュンク堂池袋本店で「谷川俊太郎書店」(だったかな?)というような企画があり、「谷川俊太郎さんに会いたい」という幼稚園児を連れて出かけたこともあるほどの入れ込みようだったのだ。

私自身は、谷川俊太郎さんといわれて思いつくのは「生きる」とか「愛について」という詩、それから子どもたちが大好きな絵本の「スイミー」の訳者という姿あたりだ。ピコリンがどうして、谷川俊太郎さんの詩を読むようになったのか、きっかけは定かではないが、多分、「ないないづくし」(まるにはひとつもかどがない えんしゅうりつにはきりがない・・・というような言葉遊びだった)とか「道」(みちがいっぽんくさのなか・・・)という詩を何かで読み聞かせたのが最初ではなかったかと思う。記憶力だけは良いピコリンはすぐにこれらの詩を覚えて、一人でよく暗唱して聞かせてくれた。そして、もっと谷川さんの詩が読みたい!と言い出したのでいくつか本を買ってみたのだ。

そして、いくつかの詩の中で我が家で一大ブームを巻き起こしたのが「いちねんせい・わるくち」という詩であった。この詩は、「ぼく」と「あいつ」の悪口の応酬なのだが、だんだんとその悪口がエスカレートして行き、しまいには「ちょんびにゅるにゅる」「ござまりでべれけぶん」という、全く意味不明の言葉が飛び出すに至る。初めて読んだときには、笑いがこられられずに読み聞かせることなどできなかったし、自分で読んだピコリンも、ホイミン、それにまだ小さかったチビまで笑い転げたものだ。それからしばらく(半年くらいは続いただろうか)、子どもたちはそれぞれ自分が気に入った谷川さんの詩を毎晩暗唱したり、朗読したりしてくれた。「カロンセのうた」(カンダラムジムジの胸に抱かれてアリッタキユカユは死んだ・・という、これも意味はよくわからないが、チリンボラン、テレメンギ、ヌイコネ、トリメラなどなど、出てくるカタカナの名称がおかしくて子どもたちはお気に入りだった)、「ともだちのとびおり」「トッキッキ」「ひとくいどじんのサムサム」「朝のリレー」「ベートーベン」・・・いろいろおもしろい詩をみつけては覚えて聞かせてくれたが、やはり一番登場回数が多かったのは「わるくち」だった。大人の私には、そのおもしろさは殆どわからなかったけれど、意味がどうのとか解説がどうのなんて気にしないで「この詩がおもしろいよ!」と教えてくれる子どもたちの感性をうらやましく思ったものだ。

ところで、どうして突然ピコリンが、詩の本を取り出して読んでいたか聞いてみた。
ピコ「今日、先生が詩の話しをしてたんだよ。僕も詩が好きだから先生に言ってみようかと思って」
ママ「・・・まさか、ちょんびにゅるにゅるの詩を教えてあげるつもり・・・?」
ピコ「ああ!あれ、おもしろかったねぇ。あれも先生に言ってみよう。どれがいいかな。僕はトッキッキがいいと思うんだけど」
ママ「みんなの前で”わるくち”の詩を、ピクリとも表情を変えずに読みきったら勇者だよ。みんなが笑い転げてる中で、絶対に笑わないで読んで聞かせてみたら?」
ピコ「・・・絶対ムリ!(ためしに読んでくれるが、もう途中で笑い出して読めないw) ほらね」
今日、学校へ詩の本を持っていって先生に「読んで!」と貸したのだそうだ。もちろん、お勧めのページには紙がはさんである本をw 幼稚園のころに好きだった詩だけれど、今ピコリンはこれらの詩をどんな風に受け止めているんだろう? 案外、当時と一緒だったりしてwww

ピコリンとそんなふうに詩の話しをしていたら、ホイミンがふと漢詩を口ずさむ。
「とすいゆうとすい かんかかんかんか しゅんぷうこうじょうろ ふかくとうくんか」(途中からは、「自分も知っているんだ!」ということをアピールしてチビがキンキン声で唱和するのでステレオ放送だったw)
ああ、それはホイミンが小学2年生の時にサタデー・スクールという催しに参加して覚えて来た詩だね。ホイミンが2年生になった年から、小学校が週休2日になったので、休みになった土曜日に子どもたちにいろいろな体験をさせようという公民館企画があったのだ。カバゴンこと阿部進先生と「理科実験を楽しむコース」とか、この漢詩を習ってきたような「暗唱・素読のコース」「パソコンをつかおう」などなど。
孟浩然の「春暁」や杜甫の「春望」とともに、先ほどの高啓の「尋胡隠君(胡隠君を尋ぬ)」も覚えて来た。「枕の草子」「平家物語」の冒頭なども、意味はどれも教えないのだが、ひたすら素読。昔の漢籍素読みたいなものだろうが、子どもたちは大喜びで声を張り上げて読んでいたなぁ。あっという間に覚えてしまって、家でも何度も聞かせてくれた。ここ何年かはすっかり忘れていたけれど、まだちゃんと覚えていたことに驚く。
余談だが、この高啓の詩は読み下すとこうなる。
「水を渡り 復た水を渡り
 花を看 還た花を看る
 春風 江上の路
 覚えず 君が家に到る
当初、ホイミンは、最後の節を「覚えず 君が家にいた」と勘違いしていて、「自分の家に帰ってきたら、友達が勝手に上がりこんでいてびっくりしたよ!」という不法侵入を嘆く詩だと思っていたという^^;;;カンチガイヒドスギw 今ではちゃんと、「川のほとりを花を見ながら散歩していて、気がついたら友だちの家の前にいたよ。こんにちは?お茶しない??って感じの詩だよね!」とわかっているらしい。成長したものだ。
まあ、「お茶しない??」じゃなくて「一緒にお酒でもいかが?」だと私は思ってるんだけどw
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テーマ:ママのひとりごと。 - ジャンル:育児

【2008/09/02 21:27 】 | 未分類 | コメント(0) | トラックバック(0) | page top↑
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