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私は携帯電話が嫌いだ。
携帯電話と自分について考察しようと思い立ったのだけれど、いきなりこれじゃ書くことがなくなってしまう^^;;; とりあえず、携帯電話について思っていることを書く・・・ 私の記憶が確かならば、初めての携帯電話はdocomoの携帯電話であったと思う。特に不自由があったとか気に入らなかったとかいう記憶はないのだが、ちゃんと使ったことは殆どない。何故かというと、携帯していなかったし、充電を怠ってしょっちゅう電源が切れていたからである^^; トイレに落としたり、洗濯をしてしまったりしたこともあった・・・w しかも、人から教えてもらったメアドなどは殆ど登録していなかった。やり方がわからなかったわけではない。自分にとって、教えてもらったメアドが必要なかったからなのである^^;(当時教えてくださった方、申し訳ない・・・でも、私は連絡が必要な相手だとは思わなかったのだw) 当然、「いつ電話をしても出ない」とか「メールの返事が3日後」とか、友達を大勢失った気がする(いや、そんな友達は失っても別にかまわなかったのだ。反省の色は全くなしw)。 私がちゃんと携帯電話を使い始めたのは、5〜6年くらい前のことだ。ホイミンが塾に通いたいというので、一人で電車で通わせるのに安全のために彼女に携帯電話を持たせたのがきっかけだ。安否確認をしたいがために持たせる携帯なので、セコムのココセコムというサービスが使いたいと思い、そのためにdocomoからauに乗り換えた。ココセコムに対応していた機種が多かったのがauだったのだろうと思う。携帯電話は、この、子どもの安否確認をしたいという要望には大変よく応えてくれた。仕事をしていても、ネットにつなげば子どもがどこにいるかということがわかるし、塾の行き帰りにメールで自分の行動を知らせてくれるというのが私を大いに安堵させてくれたのだ。 しかし、同時にこの頃から携帯電話がわずらわしくてたまらなくなってしまったのである。 つまり、こちらが何をしていようがおかまいなしに鳴る。携帯しているわけだから、24時間、こちらの都合など全くおかまいなしだ。必要な連絡ならばまだしも、どこかの店のバーゲンのメールとか楽○トラベルとかホニャララ・ニュースとか、メル友などという戯けたことを言って、自分の友だちに他人のメアドを知らせた迷惑な友だち(なんてもう思ってないがw)とかのおかげで、心が休まる暇がないくらいメールだとか電話が鳴るのである。同報メールなんかが来た日には、着信拒否したろうかと本気で思ったりしたものだ(未だかつて、どんな失礼な相手にも着信拒否だけはしたことがない)。最初の頃こそ(我慢したのは怒りを感じるようになってから3日くらいだったけどw)、ちゃんと電話にも出て(もちろん仕事中は出られないから、折り返し電話をしたり)、着信メールを読んだり2回に1回くらいは返信をしていたのだが、まず、電話に出なくなり、続いてメールも開かなくなったw 自分でもすごいと思うのだが、もし、万一本当に必要な連絡だったらどうするつもりだったのだろうか? まぁ、今日まで支障もなく無事に過ごしているところをみると、多分、本当に必要な連絡はなかったものと思われる。 そんなこんなで、携帯電話が大嫌いになったのである。 最近ではひどいもので、アドレス帳に登録してある相手(つまり誰からかわかるもの)のメールとか電話にしか出ない(とはいえ、殆どアドレス帳に登録などはしていないw)。登録していなくても、短い期間に3回以上着信があった相手には出る(重要な用事かもしれないから)。お店やサイトからのメールは一切開かない。自分に必要なメール以外は返信しない・・・本当にひどいものだw いっそ、携帯電話を持つのをやめればいいのではないかと思うほどだ。 そうはいうものの、メールをもらってとてもうれしい気持ちになったり、電話がかかってきてうれしくなったりすることもある。しかし、殆どの場合、いらないときに携帯電話が鳴って、本当にほしいと思っているときには電話は沈黙していたりするわけなのだ。だから携帯電話が嫌いなのだ!!!(携帯電話のせいではないのはわかっているけれど・・・) そんなこんなで私に八つ当たりをされて、ゴミ箱に捨てられる気の毒な携帯電話なのであった(ゴミの日の前日でなければ、捨てても大丈夫b 以前の日記にも書いたことがあるが、過去に何度かゴミ収集所まで携帯電話を救出に行った経験がある私だwww) そして、きっとまた、ホイミンかピコリンあたりがゴミ箱の中から携帯を発見して救い出してくれるのだ。 「ママ、携帯に八つ当たりするのやめたほうがいいよb」と・・・ |
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子どもよりもアンパンマンが好きなMinoriです。
アンパンマンが好きといっても、TVシリーズのアンパンマンが好きなわけではなく、劇場版が好きなのである。子どもよりも好きといってはいるが、見るようになったきっかけはやはり子ども(やなせたかしさんの名を知っていたのはアンパンマンによってではなく、「詩とメルヘン」という雑誌によってであった)。ホイミンが小さかった頃、近所の公民館の図書館で借りたり、人からいただいたアンパンマンの本を見て、「理解できん!」と思っていたのだが、たまたまKidsチャンネルか何かでみてどっぷりハマってしまったのである。 初めて観たアンパンマン映画は「つみき城のひみつ」。 おもちゃの世界で長いこと仲たがいをしているつみきの国とおりがみの国の王子と王女が恋に落ちるお話だ。子ども向けの映画を観るといつも思うのだが、よくわからないうちにクライマックスになり、感動シーンが突然訪れて、いきなりのハッピー・エンドを迎えるという、安直な設定はやめてもらいたいなとw だからといって、最近の仮面ライダー・シリーズのように、「これじゃ子どもは理解できんだろう・・」というまでの大人向けの話も困る。確かに、アンパンマンの映画も「なんでこんなことが起きてるの?」というのは考えてしまうのだが^^;、お話の中に貫かれている精神というのか、私が勝手に感じているだけなのだろうが、それがとても前向きで健全な精神の気がする。ドラえもんと一緒で、映画の中でアンパンマンは存在しているけれども、ピンチの時の切り札にはならない。たいてい、顔が汚れていたり石にされていたりして、助けてはくれないのだ。ピンチを切り抜けるのは、そのお話の主人公とその場に居合わせたみんななのである。書いているうちによくわからなくなってきたのだが・・・ 要するに、魔法やドラえもんやアンパンマンがすべてを解決してくれる!という考えは好きではないということだ。 私がアンパンマンの映画を好きになったのは、ストーリーも気に入っているけれど、作中で歌われる歌が好きという点が大きい。「つみき城のひみつ」でも、「幸福のデュエット」という曲が好きで・・・カラオケでアンパンマン映画の歌が全曲あったら(「勇気の花がひらくとき」くらいしかないんだけどねw)、絶対に子どもにマイクを渡さないぞ!というくらい好きなのだw アンパンマン映画は、1989年公開の「キラキラ星の涙」から、2002年公開の「ロールとローラうきぐもじょうの秘密」までの14本をケーブルTVで観て録画した。それ以降観ていないのは、チビがアンパンマンを嫌いだからである^^;(チビはアンパンマンもドラえもんも嫌いなので、もしかしたらあの丸いフォルムがダメなんだろうか?と思ったりしているw チビに言わせると、怖いということなのだが。みんながピンチに陥るのがすごく怖くて嫌なのだそうだ) たま〜に夜中に一人で、撮りためたビデオで観かえしたりするのだが、ひっそり泣いていたりする自分がコワイw ・・・・・・ 何故こんなメモを書き始めたかというと、今日、長年ほしくてたまらなかったものを発見したからだ。 リビングでうっとり聴いていたら、子どもたちは自分たちの部屋へ退去していった・・・orz ↓↓↓ それいけ!アンパンマン 映画&テレビ20周年記念作品 ムービーソングス大集合! |